昭和52年10月28日 朝の御理解



 御理解 第19節
 「金光大神は形がのうなったら、来てくれと言う所へ行ってやる」

 私共は心から「金光様」を唱えるところに、金光大神御取次の働きがそこに起こってくる。立ち所にその働きを現わして下さることが出来る。そういう意味だと思います。昨夜ここへ出て参りましたのは、十二時ぐらいだったでしょうか、これはあのう「おかげの泉」の九十八号を、「明日の朝取りにくるから読んどって下さい」と言うてここに置いてございますから、それからそれを読み始めました。
 それで色々読めば読むだけ、その間違っておる所や、色々やっぱりありますから、何回もやっぱり読まなければいけませんが、今度はもう一回だけで「明日朝もう取りに来るから」と言うので、昨夜読ませて頂きました。丁度読ませて頂いて一時頃だったでしょうか、けたたましい電話が掛かって参りました。桜井先生の娘さんから「お母さんが今大変苦しんでおりますから、お願いして下さい」という電話であった。
 すぐお取次さして頂いたんですけれども、今朝三時半に出て参りましたらすぐまた電話が掛かってきました。それは御取次を頂いてお願いをさして頂いたら、すぐおかげで楽になったというお礼のお届けが今朝からございました。是はもう三時半に私が出てきておるから、三時半を待ってお礼のお届けをなさった訳でございましょうけれども、昨夜のは一時頃私が出てきておる。一時頃ここに事務所に誰かおると言う様な事は分からんけれども、やはりお願いをせずにはおれなくてのお電話であったとこう思うんです。
 こういう事を私は、今朝の御理解この十九節を頂いとって思います事は、言うなら金光大神の手にも足にもならせて頂こうという取次者、手代わりという、金光大神の手代わりが言うなら、日本は勿論ですけれども、津々浦々に出社御広前があるわけです。そこでそこの教会長親先生が、金光大神と何時も通うてござる。つながってござるなら「形がのうなったら」ではなくて、形はもうすでにあるんだと、言うならば「来てくれ」と言う前に、神様の方がもう氏子が願う前に来ておって下さるんだと。
 私は今日の御理解から関連したことじゃないけども、これは何時も思うことですね。夜中にたまたま出てくると、誰かが参って来とったり、電話が掛かってきておったり、そういう例は何時もあることでございますけれども、これは私は、その御信者さんと私とそして金光大神とが一連したつながりというものが出来ておるからだと思います。ですから、もう「来てくれ」と言わんでも、神様の方が先にお願いにくるのを待ってござるという感じが致しますです。
 そこでいよいよ判らして頂くことは、金光大神と私共のつながりというものが、何を以てつながるかということであります。「金光大神の言うことに背かぬようよく守って信心せよ」とこうおっしゃる。金光大神の言われておる。または金光大神のご精神、それを私共が判らしてもらう。親の心が判らなければ親孝行は出来ません。金光大神のお心が判らなければ、金光大神に喜んで頂けるような信心は出来ません。金光大神のご精神、金光大神の心が判るためには「金光大神の言うことに背かぬように」
 という日頃からの信心が出来ておらなければならない。ということになるわけです。この頃の御大祭の時の末永先生のお説教を聞いて、市川さんが言っておられるように、随分長くお道の信心もさしてもらい、あらゆるところの大祭やらでお説教やら頂いたけれども、金光大神も出らなければ、天地金乃神も出らないというのは、ここへ来て初めてだったと。口をついて出ることは、もう一にも親先生、二にも親先生であったとこういうのです。それであのようなおかげを受けておられる。
 それはなら、いかに親先生が金光大神と交流してござるか、金光大神がまた天地金乃神様と交流してござるか、もう一貫したものが、親先生即生神金光大神であり、天地金乃神なんだと言うわけなんです。そこにはねやはり「金光大神の言う事に背かぬように」という一生懸命の精進がなされておらなければ出来ない。昨日大祭のお礼が、お礼が今度不思議に、よその教会の御信者さん方が多いですね。
 もう大変に感動して、おかげを受けておられる内容の手紙ばかりですが、昨日参りました中に、今度の記念品に頂きました、教典感話というものは、あれは正しく合楽教会の合楽の聖書だと言って、書いてありました。確かに聖書です。金光大神言わば、金光大神のこの教典、これそのものが聖書なんです。これは本当にこれを徹底して頂く。甘木の平田さんですね。なんかがお話なさる時に、ポケットから小さい教典を出されますが、もうそれがボロボロになっていましたね。
 もうそれこそ、若い時分からずうっとあれを頂き続けておられるのでしょう。もうボロボロになっておるのを、押し戴いて頂いておられます。もう古なったけんで、買やあ何十円であるから安い、私共も何十年使いますから、もうこんなにボロボロになっています。けどもやっぱり教典を開くならいくらも他にもありますけれども、やっぱりこれ。私あのうご本を大切にするということではなくて、その教典の内容、いわゆる教祖金光大神のご精神を大切にするということだと思うんです。
 「もうボロになったけん取り替えよう」そんなもんじゃない。私そういうふうに感じましたから、特に教典感話はわざわざ別に七十円か八十円かかけましてから、別なカバーを掛けました。皮のようなカバー。本当に合楽の方達が聖書として頂いてもらわんならん。何時何時までもそれを頂いてもらわんならんからのことでした。そしてその後にその教典をです。「繰返し繰返し読ませて頂いとります」と言う事でしたが、果たして皆さんはもろうたばかりでまあだ開いてもおらんと言う人がありはせんでしょうか。
 金光大神のご精神を大事にすると言う事は、私はそう言う事だと思うんです。判る判らないは別としてです。それを繰返し繰返し頂いておるうちに、判ってくるんです。それが自分のものにも、血にも肉にもなってくる訳です。大祭が終わって二、三日目から、私体がこんなにもう座られんぐらいに痛い。ところが不思議なことに、合楽では、私が「足が痛い」と言うと足の痛い人が多くなってくる。私が「ここが痛い」と言うと、同じような症状で、そのお届けがある。
 これはいよいよ私とその方たちが交流しておる証拠だと言うふうに思いますね。畑で仕事をしよんなさったちゅうと頭が痛くなる。「こりゃ親先生が頭が痛いとじゃないじゃろうか」と言うて参って来なさると、私が「頭が痛い」というような。というようにです。絶えず親先生と交流しておる。繁雄さん辺りの場合なんかそうですよね。今度も私が足が痛いという時にやっぱり自分も大変足が痛んでおられました。
 それから、今風邪をひいて咳をされるげなけん、「親先生の胸の痛さがこげんとじゃなかじゃろうか」ちゅうごと、もう咳き込む時にこの胸が痛うしてこたえんというふうに言われます。私はやはり信心というのは、神様と私共の交流であり、なら神様と金光大神が交流し続けてござる。その金光大神と私共が交流し続けて初めてです。「金光大神は形がのうなったら、来てくれと言う所に行ってやる」「どうぞ来て下さい」と唱えるところに、もう唱える前に来て下さってあるという感じが致します。
 桜井先生の昨夜の電話のことなんかでも、やっぱそれを思わずにおれません。受けて下さる金光大神が、もう先に出張ってきて下さってある。そういう素晴らしい、言うならばタイミングと申しますかね、が、私共と金光大神の上に頂けてくる言わば日々でありたい。ためには、いよいよ金光大神を大事にしなければならない。金光大神を大事にするということは、金光大神のご精神、お心を大事にするということは、言うならば、御教えそのものであります。
 どこまで出来るか出来ないかは、ぎこちないことでしょうけれども、それに取り組ませて頂いておるということが、絶えず金光大神と交流しておることになるのじゃないでしょうか。「親先生」唱えるところに、金光大神の働きが即現われて来る。金光大神というのは、そういう融通無碍とでも申しましょうか、その金光大神を頂こうとする人の上に、金光大神がそれこそ時間空間も問わずに現れて下さる働き。
 そこに取次の働きが起こってくる。「金光大神」を例えば唱える。もう唱える以前に、もう既に金光大神の方が待ち受けて下さっとる程しのおかげが頂けれるのが金光教の信心だと言うふうに思います。いかに教えを大切にしなければならないか、それをそのまま金光大神のご精神を大切にすることになる。金光大神との交流の手立てでもあるからです。   どうぞ。